Vol.15

リレー・ノート⑬ 将棋が好きな二人の名人戦
梶原秀夫(ノアズブックス出版プロデューサー)



暮れも押し詰まり、部屋の大掃除をしていたら、懐かしい写真が出てきました。僕が旅館の浴衣姿で、将棋盤を前にして考え込んでいます。

これはおそらく、鶴巻温泉の旅館「陣屋」に宿泊したときのもの。対局者はもちろん、宿敵・吉村達也です。



もう20年くらい前でしょうか。どうせなら、名人戦が行なわれた旅館に泊まって、将棋を指そう、ということになったのです。二人だけの名人戦です。

吉村さんは、詰め将棋の世界ではプロ級の腕前ですが、指し将棋なら僕といい勝負でした。勝ったり負けたり……。


勝敗はともかく、こうした旅ができたことが、素敵な思い出になっています。

北海道バスツアーに二人で行ったときなどは、参加者はみんな男女のカップルの中、僕らだけは男と男。

「きっと、僕らはホモだちだと思われてるね」

そう言って笑いあったのは、つい先日のような気がします。まさに、光陰矢のごとし。

2011年も残りわずかとなり、部屋掃除から懐かしい写真と再会したことで、いろいろなことを思い出したクリスマスイブです。この思い出は、サンタクロースのプレゼントかもしれません。

魔界百物語2 SEASON Ⅰ「京都魔王殿の謎」発売

魔界百物語2 SEASON I
『京都魔王殿の謎絶賛発売中!
 


吉村達也 書き下ろしミステリー第2弾
 
謎が謎を呼ぶ「魔界百物語」新たな展開へ
この結末は想像を越えている。

定価:本体1,500円+税 / 四六判ソフトカバー・単行本・416ページ

鹿堂妃楚香の予言のとおり、人の手首が山中で見つかった!
京都で起こった奇怪な事件ーー 氷室想介の推理が真相に迫る!

あらすじ

美しすぎる超能力者・鹿堂妃楚香は、自らが主催する京都魔界ツアーで、人の手首が出現すると宣言。
予告どおり女の手首が「猿」の手首とともに、鞍馬天狗ゆかりの山中に建つ「奥の院魔王殿」付近で見つかった。
警察は事件の容疑者を逮捕したが、こんどは嵐山の渡月橋で殺人事件が発生! 
またしても背後に謎の人物QAZの存在を感じながら、精神分析医・氷室想介は、誰もが予想しなかった惨劇のすさまじい真相にたどり着いた!


著者 吉村達也
制作/編集 株式会社 ノアズブックス
発売 株式会社 飯塚書店

カタログNo.2で「プロローグ1」と「プロローグ2」が読めます!

携帯でも読めます!:公式携帯サイト

京都魔界ツアー⑰

⑰「苦」を抜く釘抜地蔵



釘抜地蔵(くぎぬき・じぞう)は、正式名称を石像寺(しゃくぞうじ)という。

前世の罪を背負って手の病に苦しんでいた商人が、地蔵菩薩によって、その手のひらから二本の釘を引き抜いてもらい、苦しみから解放された――

といういわれに従い、いつもここには、なんらかの苦しみを背負った人々が、魔界からの脱出を願って訪れる。



写真は、釘抜地蔵特有の絵馬で、二本の釘と釘抜きがセットになった、かなり手の込んだものとなっている。

Vol.14

リレーノート⑫ ショートショートと長編の違いはなにか
吉村達也



ショートショートと長編の違いはなにか、と、それぞれの作家にとって問いかけたら、きっといろいろな答えが返ってきて面白いだろう。

おそらく、多くの回答として「オチの切れ味」の重要性が語られるのではないかと思う。あるいは「人物の描き方の濃度」というところに違いをみる作家もいるだろう。

それはそのとおりだが、それらは読者にも理解してもらえる違いだ。

だがもうひとつ、書き手の側だけに感じる決定的な差異を、ぼくはショートショートと長編小説の比較にみることができる。



それは、ショートショートには「映像製作現場的な割り切り」が許され、昔は長編小説もそのノリでよかったのだが、最近の長編小説では(とくにミステリーでは)それが許されない傾向にある、という点にある。



テレビや映画の場合、それがどんなに長尺物であっても、本筋と直接関係のないところまで論理的整合性を持たせる必要はない、という暗黙の了解がある。

一方、長編推理では、どこまでそれを詳しくフォローするかという点に神経をつかうところがある。



たとえば町中にあふれている監視カメラ映像の存在を抜きにしてストーリーを展開しても、本筋が面白ければそれで許されるのが映像作品で、小説ではすぐにツッコミが入る(苦笑)。

凶悪犯人が人質をとって籠城したとき、映像作品なら「トイレはどうするのか」という細かい問題は映像的にもきたないし省いてよいことになっているし、食事の問題さえ描かなくてもいい。

クリスティやクイーンの時代は小説もそれでよかったが、現代の長編小説はそうはいかない(現にぼくの『トリック狂殺人事件』や『王様のトリック』などでは、逆に積極的にそういった問題を取り込んでいるが)。



でも、ショートショートなら映像作品のように、細かいことなしでオチに集中できる。

そういう意味での開放感はあるわけですね。作り手側からすれば。

Vol.13

リレーノート⑪ 吉村達也の短編やショートショートは切れ味が鋭い!

梶原秀夫(ノアズブックス出版プロデューサー)




月刊のPR誌で、吉村さんにショートショートを連載していただいていたのは、もうずいぶん前のことになりますね。

京都を舞台にした一連のショートショートは、加筆して長編にアレンジされ、『ついてくる』というタイトルで単行本になり、いまは角川ホラー文庫で文庫化されていますが、そこに使わなかった何本かのショートショートは日の目をみていません。

これが改めて読み返してみると、実に面白い。10年近く前の作品なのに、まったく古くないのです。何らかの形で、世の中に送り出したい、と思いました。


吉村さんの作品には、僕が好きな短編集がいくつかあります。なかでも『それは経費で落とそう』(文庫化の時に『丸の内殺人物語』と改題)と『一身上の都合により殺人』はとても好きなもの。

短編集ではありませんが、角川文庫から発売されている、一連の「ワンナイト・ミステリー」シリーズもいいですね。好きです。


こうした作品群を多くの人たちに読んでもらうにはどうしたらベストか、真剣に考えています。もちろん、吉村さんの了解が大前提ですが……。


こう書くと、ほとんどの人は「電子書籍」と思われるかもしれません。確かに、それも選択肢のひとつですね。

2012年は、魔界百物語シリーズだけでなく、久しぶりに短編やショートショートを読んでみたいな、最初の読者として。

Vol.12

リレーノート⑩ そういえば短編を…
吉村達也



そういえば前回のリレーノートで、梶原さんの文章に「ショートショート」ということばが出ていましたが、懐かしいひびきです。

短編とかショートショートを書かなくなって10年になりますね。

意図的に、そういう方向性にしたんですが、また書きはじめてもいいかな、なんて思いました。

どうですかね、梶原さん。

Vol.11

リレーノート⑨ 海外の取材先でも、夜は原稿書きに徹する吉村達也に驚く!
梶原秀夫(ノアズブックス出版プロデューサー)



旅といえば、吉村さんと海外に出かけたのは、1997年の香港、2000年のシアトルからサンフランシスコ、この2回。

香港返還の話は、旧作の『京都魔界伝説の女』で、吉村さん自身が書いていますので、今回はアメリカの旅の話を少しだけ。




シアトルでレンタカーを借りて、フェリーでオリンピック半島に渡り、目指すはオリンピック国立公園。

公園といっても、町にある公園とは訳が違います。広大なスケール。どれだけ広いかは、きっと吉村さんが解説してくれるはず。


公園内にあるホテルLake Crescent Lodgeの部屋には、電話もテレビもありません。名前の通り、湖畔にたたずむホテルです。



夕食前から、吉村さんは執筆に取りかかりました。乗ってきているのか、夕食もいらない、書き続けたい、と言います。その決意の表われが、ワープロの持参です。

仕方なく、ホテル内に唯一あるレストランでひとりきりの食事。英語はあまり得意でないし、味気なかったなあ……。

なんとかウェイトレスのお嬢さんに無理を言って、鳥料理をテイクアウトして帰ると、吉村さんは一心不乱に執筆。




夜も更けてきたとき、窓を開けると、目の前の庭を鹿の親子がちょうど横切っていきました。これには本当にびっくり。ホテルの庭ですからね。

大きなツインベッドの部屋で、吉村さんは執筆を続行、私はベッドで就寝。

そこへ2泊したのかな。夜はとにかく書き続ける吉村達也でした。



シアトルのホテルで1泊した翌日、飛行機でサンフランシスコに飛び1泊。この2泊は、別々のシングルルーム。このとき、やっと執筆は終了したようです。

次の日は、今回のもうひとつの目玉、ヨセミテ国立公園。ここで2泊して、サンフランシスコに戻って1泊。



僕はヨセミテで熱を出してしまい、吉村さんにひとりぼっちの夕食を味わせてしまったのは心苦しいことでしたが、2つの国立公園への旅は楽しかったですね。

ここを舞台にした、ショート・ミステリーと紀行文をPR誌に発表していますが、これもいつかお見せしたいですね。

京都魔界ツアー⑯

⑯伏見稲荷の千本鳥居
京都の主要観光地は、新幹線・在来線の線路で南北に分けられる京都駅の北側に集中している。

現在の鉄道線路は、九条まであった平安京・東西路の、七条と八条のあいだを走っている。だから古都がらみのビュースポットが駅の北側に集中するのは必然だ。

最高権力者の住まいである内裏(だいり)も、平安京の最北端にあった。

そんなわけで、京都観光といえば、なにかと駅の北側へ目が向きがちだが、南側にも見どころはいろいろある。

その代表的存在が伏見稲荷大社。全国数万の稲荷神社の総本社である。



ここは稲荷山全体が信仰の場所となっており、山頂に向かう参道には、ごらんのとおり朱塗りの鳥居が延々とつづいている。

千本鳥居というが、実際には五千基以上ある。

この朱塗りの中に入ると、なんとも不思議な雰囲気である。



ぼくは四季の中では冬の伏見稲荷が好きだ。最寄り駅から境内に向けて連なる店々の軒先から、スズメを焼いている煙が立ちのぼっているが、それがいちばん似合うのが冬の時期だからかもしれない。

稲荷(いなり)は「稲成り」からきていると言われるように、日本人の主食である稲(=コメ)の豊作を祈願するために秦氏(はたし)がこれを創建したと伝えられる。

したがって稲を食い荒らすスズメは、あわれ焼き鳥のターゲットにされるのであった。スズメにとっては、じつに迷惑な話である。

Vol.10

リレーノート⑧ 日本一まずいハンバーグを食べた仲
吉村達也



梶原さんとぼくは、ときにケンカもしながら、たくさんの本をつくってきました。

ぼくが扶桑社の編集者(編集長になっても最後まで現場仕事から離れなかったので、ぼくは退職時まで現役編集者でした)時代につくった本の総数は180冊ほどですが、その三分の一以上は、梶原さんとのコンビではないでしょうか。

仕事でもプライベートでもいろいろなところへ行きましたが、いまになっては、なんの用事でそこへふたりで行ったのか思い出せない旅行もあります。



それがX島(差し障りがあるので仮名にしておきます)への旅。

山田洋次監督が映画に好んで使いそうな、超レトロな映画館があったり、赤い郵便丸ポストがあったりと、とにかく時代の流れから取り残された風景があふれる島でした。

でも、ちゃんと飛行場はありました。「空港」というより「飛行場」という印象です。

そこで帰りの飛行機を待っているとき、かなり腹が減っていて、「なにかここで食べていこうか」という話になったのですが、とにかく空港内のレストランが、ただごとではないうらびれ方で、どんな料理が出てくるか、わかったもんじゃない、といった雰囲気。

「こういうところで高いメニューを頼むほどバカなことはないよね」と、話しながら、しかし安いメニューもどうも怪しげ。

そこでふたりの出した結論は「ハンバーグにしよう。ハンバーグだったら、たとえまずくたって、たかが知れてる」「そうだね。とりあえず腹がふくれればいいんだから、ゼイタク言わずに」「まさかハンバーグで大はずしはないでしょ」……ということで「ハンバーグ定食、ふたつください」



そして運ばれてきたハンバーグを口にしたとたん、ふたりとも絶句!

ぼくたちはふたりとも三十代で若かったから、べつに舌が肥えてるグルメ評論家だったわけじゃありません。とにかく腹がふくれればそれで満足といったレベルでしたから、まずい料理への適応能力も高かった(笑)。

でも、まずぼくがギブアップしました。

「だめだ、食えない、これ」

そして梶原さんも。



少なくともプロの調理人が作っているのに、食えないほどまずいハンバーグというのは、国宝ものの貴重さです。それでいて、ふたりとも気が弱くて、文句のひとつも言えずに、お金だけ払って飛行機に乗りました。

いまでもふたりの語りぐさです。



あのあと、ぼくは作家になってからひさしぶりにX島へ飛行機で降り立つことがありました。空港はずいぶんきれいになっていました。レストランも変わっていたし、当時のコックさんが残っているはずもないでしょうが、トラウマは消えず、ハンバーグを頼んでみようか、という勇気は出なかったのでした。

vol.9

リレーノート⑦ 書籍編集長がプロデューサー吉村達也の原点
梶原秀夫(ノアズブックス出版プロデューサー)



吉村さんがニッポン放送から扶桑社へ出向されて、ふたりでいっしょに作った最初の本は確か『松田聖子 愛にくちづけ』だったんじゃないかな。当時、制作会社の編集者だった僕がお手伝いしたと記憶しています。発売は1984年1月です。

その翌年、吉村さんは編集長になって、とにかくたくさんの本を一緒に世に送り出しました。

何と言っても忘れられないのは、オールナイトフジの『私たちはバカじゃない』から始まる一連のテレビ・ラジオの番組から生まれた出版物です。三宅裕司のヤングパラダイス編『恐怖のヤッちゃん』、フジテレビの『ぜーんぶおニャン子』、ニッポン放送の『究極の選択』、『10回クイズ』……などなど。

そして、『ぜーんぶおニャン子』が売れに売れて、僕は扶桑社と出版プロデューサー契約を結ぶことになったのです。それからは、吉村さんが扶桑社を退社するまで、本当にいろいろな本を一緒に作りました。



当時の編集部は吉村編集長のもと、外部の契約プロデューサである僕と、編集部員が4人くらいかな。ユニークな編集部だったと思います。

当時の編集部員から、吉村さんのほかにも作家が2人生まれているのも不思議です。一人は五十嵐貴久、もう一人は白崎博史。五十嵐貴久はペンネームですが、彼がまさか作家になるとは思いもよりませんでした。

白崎くんはユニークな発想をする編集者でした。彼は今、映画『はやぶさ』のシナリオを書いたり、数多くのノベライズを世に送り出しています。

編集者としては、磯俊宏くんが優秀でしたね。彼と僕はおニャン子本など、一連の番組本を数多く一緒に作りました。今は、メディアファクトリーで書籍部の編集長です。



こんな個性的な編集者の集まりを束ねていた吉村編集長ですが、ラジオマンから編集者へ転身されて、苦労も多かったんじゃないかな。

毎週の企画会議は当然として、、編集長自らがスケジュール表を作っていましたね。真面目な編集長という印象でしたが、編集部内では最も仕事をしていたように思います。

僕はつい、みんなを連れては酒を飲んだりしてばかり。吉村編集長は自らも編集担当者として本を作りながらも、会社の会議、グループとの折衝などなど、ほんと、よく働いていたという印象しか残っていません。

たまに、二人で食事をすることがあっても、いつも仕事の話ばかりしていたように思います。よくファミリーレストランで深夜に食事をしたのを思い出します。



言い合いをしたことも何度かあったけど、いいコンビだったですね。だから、いまでも企画の話になると、ついつい昔のように盛り上がってしまいます。作家と編集者という垣根がなくなってしまうと感じているのですが、どうなんでしょうか……。

来年は、時間が許せば、面白い企画を実現したいと思っています。ねえ、吉村編集長!

Vol.8

自分とは別の自分  リレーノート⑥
吉村達也



梶原さんが前回のリレーノートで書いたように、たしかにぼくの中には、吉村達也という作家を客観的にみている「所属事務所の社長」あるいは「担当プロデューサー」としてのもうひとりの自分がいますね。

ただ、執筆中は純粋に作家です。作品と取り組んでいるときは。作品がいかに面白いものになるかだけを考えているので、公的にも私的にも、まったく社会性はなくなります。

睡眠時間は執筆の進行具合によって決められるため、生活サイクルはめちゃくちゃになるし、作品の世界に入り込んだら、一週間も二週間も郵便物を開封しなかったり、郵送されてきた出版契約書をすぐ紛失したり(いかんな)、もうそういう事務的なことが一切できなくなります。

現実世界の出来事に触れたくなくなるんです。

すべてが執筆最優先。

ぼくを作品の世界から表に引きずり出さないでほしい。実社会という名の太陽に当たったら、ドラキュラのように身体が溶けてしまう。それぐらいの気分。



長いつきあいの梶原さんは、そういうぼくの欠点を知り尽くしていながら遠慮して書かなかったみたいなので自分で言いますが(笑)、仮想世界に入り込んだら、ぼくは容易なことでは現実世界に出てきませんよ、天岩戸にとじこもった天照大御神みたいに。



もちろん気分転換はします。遊びます。でも、映画を見たり、野球や芝居を観にいったり、山歩きをしたりという時間があったら、もう少し社会的なことをちゃんとしたらどうか、という自分がいないわけではないんだけど、そんな事務的にきちんとせよという声を聞いてたら、作家はできませんね。

まあ、そういうデタラメな自分をあえて許している「プロデューサーとしての自分」が、いるっちゃー、いるんですが。

それと、奥さんが文句も言わずに支えてくれているので、とってもありがたいです。大変だろうな、とは思います(笑)。笑ってる場合じゃないかもしれませんが。

この人と結婚していなければ、いまの自分がないことだけはたしか。超・感謝!



一方、企画の打ち合わせでは、梶原さんが言うように、おそろしく客観的な自分がいまして、ここの部分はいつになくマジメなんです。そのときのプロデューサーとしての吉村達也は、作家・吉村達也のことを「たかがウチの選手」(©ナベツネ)程度にみているんで、吉村達也という人に対してきびしいことをビシビシ言いますね。

吉村達也に対してもっともきつい言葉を浴びせるのは、事務所社長の吉村達也ですね。




けっきょく、志垣警部や和久井刑事が「ダメおやじ」や「軟弱青年」といった側面と、推理の切れを見せるプロの捜査官という両方の側面を持っているようなものでしょうか。

復活した氷室想介が、以前ほど完全無欠のイメージではなく、気の弱いところも出すときはモロに出すようになったのも、ぼく自身のそういう二面性を投影しているからかもしれません。


……いやいや、ぼくは氷室先生ほどマジメではありませんが。



でもね、そういう使い分けができないと、作家という商売の精神衛生は健全に保たれないんですよ。

昔の文豪でナーバスゆえに自殺までいってしまった人とか、現代でも深い悩みに突入する方がいらっしゃいますが、人格はひとつしかないと思い込んでいるところに無理があるんじゃないんでしょうかね。



それは二重人格を肯定するというのではなく、他人が抱くイメージに自分の核心部分がふり回されることはない、という意味です。

これは作家にかぎらず、誰にでも言えることですね。真の人格は他人にはわからない。ほんとうに自分に近しい人にしかわからないんですから、核心部分でマジメであれば、テキトーな人格によって自分をゆるめてやる必要はとってもあると思うのです。

氷室先生も、最近そのあたりに目覚めたそうです(笑)。



あ、そうそう、語学に取り組んでいるときの自分だけは、自分でもこんなに勉強家だったのかと思います。これは、ことしの意外な発見でした。

Vol.7

2つの顔を持つ吉村達也!? リレーノート⑤
梶原秀夫(ノアズブックス出版プロデューサー)



突然、変な表題ですが、別に吉村さんがジキルとハイドというわけではありません。

ただ、吉村さんと仕事をした編集者は、2人の「吉村達也」と出会うのではないでしょうか。

ひとりは作家の吉村達也、もうひとりはプロデューサーの吉村達也——。



もちろん、どちらも吉村さんの実像なのですが、どうも打ち合わせをしているときの吉村達也は、作家というよりプロデューサーのような気がしてしかたがありません。

自分が作者なのに、まるでプロデューサーのような発言をするときがあります。たとえば……



「こういう文学的な表現は、作家・吉村達也には合わないよね」

「作家・吉村達也がラジオやテレビに出るのは、やめたほうがいいと思ってる。元いた職場だから、なにを求められているかがわかりすぎて、つい、サービス精神を出しすぎて、よけいなことをしゃべってしまいそうで、パブリシティには逆効果」

「この内容でいきましょう。大丈夫、書かせますよ、作家の吉村達也に」

「英語に翻訳するなら、それなりに日本語を書き直さないとダメだと思う。作家としては大変だけど、いまの小説をそのまま英訳しても伝わらないし」



……などなど、実際に吉村さんがこの通りに話したわけではありませんが、とてもプロデューサー感覚にすぐれた人であることは確かです。

そんな吉村さんだから、企画の話をしているときは本当に楽しい。あっという間に時間がたってしまいます。吉村達也の頭の中は、ほんと、アイディアの宝庫です。

面白い企画はいくつもあります。テレビ局の人間に盗まれた企画もありました。僕の力が及ばず実現できなかった企画もあります。まだ発表できない企画も……。



そして、僕はもうひとつの吉村さんの顔も知っています。それは、マジシャンとしての吉村達也。これも凄い!

あっ、まだあります。とても剽軽なほろ酔い気分の吉村達也。これは楽しい!

どの顔も、みんな吉村達也その人——。



このプロダクションノートで、いろいろな吉村達也を紹介したいと思います。もちろん、本人の了解をとったうえですけど。

京都魔界ツアー⑮

⑮奥の院魔王殿


これが奥の院魔王殿。

京都には魔界スポットがいろいろあるけれど、これほどミステリアスな名前の建物は珍しい。

しかも、このいわれというのが、650万年前に金星からやってきた護法魔王尊をお祀りしてある、というのだから、時空間的スケールの大きさでは日本一だろう。

650万年前で、しかも金星から飛来!




最初にそれを言い出した方の大胆さに敬意を表したい。

第2作のタイトルにもってきたのは当然、というところですね。


京都魔界ツアー⑭

⑭鞍馬山の木の根道

魔王殿の写真の前に、そこへ至る雰囲気をつかんでいただくための写真を入れておこう。

貴船とは逆に、鞍馬山の頂上側から降りてくると、奥の院魔王殿に行き着く前に、こうした木の根道に出会う。

ぼやっとして歩いていると、つまさきを引っかけて転びかねない。

なかなかに不気味な光景である。

これは貴船側からのアプローチ。魔王殿のほうを背に、登ってきた貴船方向をふり返って撮影。一部は、かなり急坂のところもある。

鴨下警部はここを革靴で登っていったことになるが、雪が降りはじめては、なかなか足もとが大変だったはずである。





京都魔界ツアー⑬

⑬貴船口から鞍馬山へ

























『京都魔王殿の謎』の中盤すぎたあたりで、京都府警の鴨下警部が、地元消防団を集めて鞍馬山へ向かうシーンがある。

その集合場所がここである。

貴船(きぶね―「KIFUNE」ではなく「KIBUNE」と濁ります)と鞍馬(くらま)は、ともに京都市の北部にあり、叡山(えいざん)電鉄の貴船口駅から道路が二股に分かれ、左へ行くと貴船、右へ行くと鞍馬となる。

電車は鞍馬のほうへ向かう。



この写真は、鞍馬山から貴船側へ降りてきたところ。作中の捜索隊は、雪が降りはじめる中、逆にこの朱色の橋を渡って山へ登っていくのである。

作品の題名にもなった魔王殿の写真は次回に。

京都魔界ツアー⑫

⑫声明の寺





















宝泉院は勝林院とともに天台声明(てんだい・しょうみょう)を伝える地でもある。

声明とは教典に独自の節回しをつけたもので、西洋のグレゴリオ聖歌に相当する無伴奏の宗教音楽と呼んでいいだろう。

ただし、最近ではこれにさまざまな楽器が添えられ、ときにはジャズとのコラボも行なわれる。



声明は大きく分けて天台声明と真言声明があり、前者は京都の大原が拠点で、後者は高野山ほか、いくつかの分派がある。

youtubeで、どちらの声明も聞けるし、コンサートも定期的に行なわれている。ぼくも、かつてサントリーホールで行なわれた声明を聴きに行ったが、心地よすぎて爆睡してしまった。

立川談志師匠は、客席で寝ていた客に怒って高座を中断したが、声明は寝ても怒られないだろう。それそのものが心の癒やしだからだ。

西洋式の五線譜には決して転写できない独特の旋律は、たしかに深い深い瞑想の世界に導いてくれるのだ。



なお、写真はサヌカイトで作られ石琴。石が美しい響きを奏でるのは感動だ。

京都魔界ツアー⑪

⑪大原宝泉院の血天井

こちらは大原の宝泉院。天台声明(しょうみょう)発祥の地である勝林院の塔頭(たっちゅう)だ。

そして、こちらもまた窓越しに美しい緑の竹林が眺められる廊下の天井に……。

血天井である。


写真には写り込んでいないが、こちらの血天井には「武将の顔」(にみえるもの)が染みついている。

京都魔界ツアー⑩

⑩源光庵の血天井



癒やしの空間に思える源光庵の「悟りの窓」と「迷いの窓」。

そこでふと天井を見上げると、こんなものが目に飛び込んでくる。

見よ、血に彩られた足跡を!

「血天井」である。



話は400年以上前に遡る。

天下取りまであと少しのところにきていた徳川家康の臣であった鳥井元忠は、家康が会津に遠征しているあいだ、京都伏見にある、かつては秀吉の隠居用の城であり、地震倒壊後、再建された伏見城の守備を命じられた。

これが彼の運の尽き。

家康の留守を狙って小早川秀秋らの軍勢が襲いかかり、城は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。城のいたるところに死者累々。しかもそれらは長時間放置されたために、こうした足跡のみならず、顔面や鎧の跡までが染みついてしまった。



これら死者の霊を弔うため、伏見城の廊下板ははがされ、この源光庵をはじめとするいくつかの寺院の天井にはめ込まれ、日々、読経を受けることとなった。

天井にはめ込んだのは、死者の霊を踏むようなことがあってはいけないからである。



だが、この血天井を見上げると、あるイメージを思い浮かべざるを得ない。

天地逆さになって、この天井を怒号を上げながら駆け回る武士たちの姿である。



なお、伏見城はその後、もういちど再興されたが、ほどなく廃城となり、その跡地に桃が植えられた。現在の明治天皇陵。






京都魔界ツアー⑨

⑨源光庵「悟りの窓」と「迷いの窓」



金閣寺から送り火で知られる衣笠の大文字山(11/8/16のメインブログ参照)をはさんで、まっすぐ北に1700mほどいったところに、源光庵がある。

左の円い窓が「悟りの窓」で、右の四角い窓が「迷いの窓」

CMやポスター写真でもおなじみなのでごらんになった方も多いと思う。



円と四角の額縁にに切り取られた四季折々の風景は、まるで絵画のよう。

さて、この心癒される風景が印象的な曹洞宗の寺院がなぜ魔界かという話は次回に。

Vol.6

第2巻『京都魔王殿の謎』 リレーノート④
吉村達也



梶原さんが前回書いた二通りの楽しみ方

ひとつは、自分で真相を推理する楽しみ。
もうひとつは、作者にだまされる楽しみ。

この「作者にだまされる」という観点から、ぼくがよく言う「二回転半ひねり」のことについて、ちょっとふれておきたいと思います。



「二回半ひねり」というのは、なにも具体的なドンデン返しの回数を指しているのではありません。そもそも「二回ひねり」はわかるけど「半」はなんだよ、って話になりますしね(笑)。

これは「読者をだますためのドンデン返し」ではなく、作者の作者自身に対するアイデアのダメ出しの姿勢を表わしている言葉なの
です。



最初にパッと浮かんだアイデアというのは、いかに「これ最高!」「いままでにない!」と思っても、意外と読者の想定内だったりするんですね。誰でも最初に思いつく意外性は、意外じゃないんです。

だから、最初に浮かんだアイデアは、どんなにすごいと思えても、必ず練り直されなければならないと考えています。そして、練り直しても「まだないか」「まだほかにアイデアないか」と考えつづける。



これが私のいう「二回半ひねり」の正体……のようなものです。

ただ、そうは言っても、最初にパッと浮かんだアイデアは、たとえいろいろな欠点がすぐ見えたとしても、まずは「これ最高じゃん!」と自分でノって受け入れていけるぐらいのレベルであることが必要です。

「どうだかなあ」と自分で懐疑的になるような着想は、そもそも二回半ひねりの土台にすらならないので、即ボツです。



それから、ぼくは担当編集者に事前にあまり詳しいアイデアを話さないんです。

なぜかといえば、どんなアイデアも、それが翔んでる内容であればあるほど、欠点もすぐ目につくわけで、それはもう自分で最初からわかっている。

それを書きながら検討して修正したり、補強したりするわけで、第三者からみれば最初のアイデアはツッコミどころ満載です。でも、「これはちょっとアレなんじゃないんですか」と否定的見解を述べられると、こっちも言い訳からスタートする。それは作者と担当編集者の関係において、あまり好ましくないスタートラインなんですね。

最初から完璧にほころびのない構想をつくることは、発想の自由さをさまたげることにもなる。だからぼくは、欠点も多いけれど、とにかく面白い着想を大切にします。それを二回半ひねりの土台として、問題点を洗い出しながら、もっといいアイデアはないかと考えていくわけです。



ぼくがプロデビューしたてのころ――つまり、いまから20年以上前になりますが――新人のぼくについたベテランの担当さんが、こちらがトリックのアイデアを出すたびに、まず穴を見つけるところからはじめるので、すっかりブレーキがかかったことがあります。

これは一般企業の会議でもいえると思うんですが、アイデアをつぶすのはかんたん。むしろ大きく破綻していても、アイデアのいいところを伸ばす、まずはめちゃくちゃ面白がってみる、そういう姿勢が、とても大切だと思います。



ぼくは、担当編集者が第一の読者だと思っています。だから、担当編集者がまっさきにだまされてほしい。そういう意味で、本作が第一の読者である梶原さんから、心地よくだまされたと言ってもらえたのは、非常にうれしいですね。



とにかく『京都魔王殿の謎』は、旧作より一段深いところへ突っ込んでいきました。これによって、『京都魔王殿の謎』は『京都魔界伝説の女』とはまったく別の作品になりました。



あ、それから旧作にあった香港返還のシーンなどは、まったくありません。時代背景が違っていますので。舞台は2011年、秋の京都です。

Vol.5

第2巻『京都魔王殿の謎』 リレーノート③
梶原秀夫(株式会社ノアズブックス出版プロデューサー)



ミステリーの楽しみ方はひとそれぞれでしょうが、大きく分けて2つあると、よく言われます。

ひとつは、自分で真相を推理する楽しみ。
もうひとつは、作者にだまされる楽しみ。

僕はどちらかというと、後者のようです。物語の中に入り込んでいきたい読者タイプだからかもしれません。

この『京都魔王殿の謎』ではまさに、その楽しみを十二分に味わえました。骨太なミステリーは、作者にだまされる快感をもたらしてくれるものなのですね。


さらに、今回の『魔界百物語』シリーズは、ミステリーの醍醐味を思う存分味わえるだけでなく、僕にとっては聖橋博士の博学ぶりも楽しみのひとつです。

第1巻目の「捏造を完全排除した世界史の再構築」「全世界規模での人類史再構築」は、ぜひ読んでみたいと思いました。もちろん、吉村達也さんが書くのでしょうが……。

第2巻目では「どんな宗教にも善の部分と悪の部分があり、どんな人間にも善人の部分と悪人の部分がある」「心の中に善人と悪人がいっしょに住んでいる――それが人間の正体なんだ」と博士に言わせています。

深~い話で、これもさらに詳しく知りたくなってきます。


「人の一生を最後の最後まで幸せにする要素は、たったひとつしかない」と迎奈津実に言う博士。答えは「好奇心」と聞いて、思わず納得したのは僕だけではないでしょう。


ミステリーの王道をいきながら、こうした蘊蓄を楽しめるというのも、吉村達也ならではのことだと思います。

たとえば――
この本を読み終わったとき、京都魔界案内人の一柳次郎に京都魔界ツアーを案内してもらいたい、と思いませんでしたか……。

京都魔界ツアー⑧

⑧浮かび上がる淀君の怨霊
















方広寺の鐘は、ふだんは真下まで立ち入ることはできない。だが、15年前に実際に行なわれた魔界ツアーでは、鐘の真下まで入らせてもらうことができた。

そのときの松木さんのガイドさながらに、作中では魔界案内人・一柳次郎がこう語るのだ。



「みなさん、淀君はごぞんじですね。そうです、秀吉の側室であった女性で、秀頼を産んだことで権勢を握るのですが、大坂の陣の敗戦で、我が子秀頼とともに自刃いたしました。

その淀君の亡霊の姿が、この鐘の裏側に浮かび上がっているのです。

ふだんは柵に囲まれており、中には入れないのですが、本日は鹿堂妃楚香先生が淀君の浮かばれぬ霊を慰めてくださいますので、特別に開けていただき、私たちは鐘の真下までもぐりこんで観賞できるのです。さあ、それでは鹿堂先生といっしょに、中に入りましょう」



写真の白い円で囲んだ部分に、なるほど淀君の横顔が浮かび上がっているではないか……。

Vol.4

第2巻『京都魔王殿の謎』 リレーノート②
吉村達也



小説は作者の手を離れた瞬間、読者個人個人の感性や人生経験によって、オリジナルの作品に変貌する、というのが、かねてからのぼくの持論です。

同じ小説を10人が読めば、10通りの受け止め方があり、たった1個の作品が10の作品に増殖する。これが小説の(映画もそうです)面白いところです。

本プロジェクトのプロデューサーである梶原さんのリレーノートを読んで、「ああ、なるほど。この作品は純愛という視点から捉えることもできるのか」と、作者としてはじめて気づいた(笑)のも、同じ理屈です。



『京都魔王殿の謎』には、きわだって対照的なふたつの愛が出てきます。

ひとつは相手を真摯に思う愛です。しかし、もうひとつは、きわめて自己中心的で、相手の都合を考えずに、自分ひとりで勝手に爆走する「ゆがんだ愛」です。

しかも強烈なゆがみ方です。

小説の世界だけでなく、現実でも、この手の愛がいちばん危険なんです。

そう思われませんか?



作者は、このゆがんだ一方的な愛のすさまじさをミステリーの主軸に置いて書いたのですが、はからずもそれが、もうひとつのピュアな愛を相対的に浮かび上がらせる効果を生んだのかもしれないな、と、梶原プロデューサーのノートを読んでそう思いました。



本作は、『京都魔界伝説の女』がベースになっていますが、決定的に違うのが、事件を引き起こした心理のすさまじさのレベルです。それによって、旧作を読んだ方も驚く、まったく新しい結末が生まれました。



《事件の真相は 人間の想像を超えていた!》



これが第2巻のオビキャッチですが、旧作を発表した当時といまとでは、現実社会における人心の屈折度は較べものになりません。

その変化を登場人物にも投影したところ、新たなる驚愕の真相が必然的に浮かび上がってきた、というわけです。



旧作の「怨念度」を★★★とすれば、完全に新規で書き直した本作の怨念度は★★★★★といったところでしょうか。

氷室想介が21世紀に再登場した意味を強く感じさせる作品になったのではないかと思います。

京都魔界ツアー⑦

⑦方広寺「国家安康」の鐘


























三十三間堂のすぐ北が京都国立博物館、そしてその北隣にあるのが方広寺。

ここにある大きな梵鐘は「国家安康」の銘が刻まれていることで知られている。それに関するエピソードはつぎのとおり。(11月発売『京都魔王殿の謎』より抜粋)



「秀吉の死後、豊臣政権は崩壊し、徳川家康が天下統一をはたして江戸幕府が開かれたわけですが、それでもなお家康は、豊臣家の逆襲を警戒しつづけておりました。(中略)

そんな家康の不安を察した側近の儒学者・林羅山と禅僧の以心崇伝が画策して、方広寺の梵鐘にとんでもないイチャモンをつけました。(中略)

この梵鐘に刻まれた銘文の中に『国家安康』『君臣豊楽(くんしんほうらく)』という言葉があるのに林羅山らは目をつけ、『国家安康』は家康の『家』と『康』を分断したものであり、『君臣豊楽』は豊臣家の繁栄を祈って、徳川家の凋落を望むものだとして、豊臣家に対して難癖をつけたんですね。

そして、そこからはじまる徳川家対豊臣家の対立が、やがて大坂冬の陣から夏の陣を引き起こし、ついには豊臣家の滅亡となってしまうのです」



上記の写真は15年前の1996年10月に実際に京都で行なわれた魔界ツアーの一場面(カッパノベルス版掲載写真より)。

中央、メガネをかけておられるのが「魔界案内人」と称してこのツアーのガイドをなさった松木さん。そう、「魔界百物語」に登場する魔界案内人・一柳次郎のモデルである。




Vol.03

第2巻『京都魔王殿の謎』 リレーノート①
梶原秀夫(ノアズブックス 出版プロデューサー)



最終校正で、四度目の読み返し。ここでは、一気に読むことを心がけました。

誤字脱字を見つけるのも重要なことですが、物語の中に入り込んで読んでみたのです。一読者の立場になって。

グイグイと物語の面白さに引っ張られていきます。いったい、どんな事件が起こるのか……。

吉村達也氏が仕掛けたトリック、その意外な展開と結末は、間違いなく読者の想像を超えていると思います。これぞまさに、ミステリーの王道です。

加えて、ドラマ性にも注目です。ネタバレにならないと思いますので、結論だけ言うと、このミステリーは素晴らしい純愛の物語に仕上がっているのです。

改めて、吉村達也ミステリー・ワールドの面白さを実感しました。

校正も終わり、印刷に入った第2弾『京都魔王殿の謎』は、14日に取次へ見本を持っていき配本部数が正式決定、18日に取次へ搬入、全国の書店へと配本されます。

首都圏の大型書店では19日、全国的には21日の書店店頭に並びます。楽しみに待っていてください。

発売前に、プロダクション・ノートVol.3を書いたのは、ひと言だけ伝えたかったからです。これは「純愛の物語だ」と。

京都魔界ツアー⑥

⑥ 迎え鐘の引き綱


引き綱の部分をアップにすると、こうなる。お参りする人は末端に赤い布を巻きつけられたこの綱を引くと鐘が鳴る。

京都魔界ツアー⑤

⑤ 珍皇寺の迎え鐘


ここはお盆の時期に「お精霊さん(おしょらいさん)」と呼ばれる先祖の霊をお迎えする行事が行なわれる。だから、ふつうの寺の違って、撞木をついて鐘を鳴らすのではなく、撞木に取り付けられた綱を引いて鳴らす。

京都魔界ツアー④

④ 六道珍皇寺


一般には「ろくどう・ちんのうじ」と呼ばれるが、直接お寺の方にたずねたところ「ちんこうじ」と呼んでいるとのこと。

『京都魔王殿の謎』では、ここが魔界ツアーの第一スポットとなる。小野篁が夜な夜な、珍皇寺の井戸から冥界へ降りていって、閻魔大王の書記を務めたという伝説がある。

石碑にある「六道之辻」とは、ここが冥界との境界線を意味しているものでもある。

京都魔界ツアー③

③ 京都駅外「石の博物館」


多くの通行人があっさり通り過ぎ、ここに注目する人はきわめて少ない。京都駅中央口を出た真ん前に、新しい京都駅に使われている世界の石の標本が、こうやって何本かの柱の周りに飾られている。

だが多くの人は、これをたんなるデザインだと思っているようだ。

京都魔界ツアー②

② 京都駅メインエントランス


京都駅は中央改札口の吹き抜けが圧巻である。だが、その壁面にも注目してほしい。世界各国から取り寄せた、さまざまな種類の石が壁に張り込まれて、特有の雰囲気を醸し出している。

Catalog No.2

「魔界百物語」作品紹介カタログ  No.2



【目次】
・P1   「魔界百物語2」SEASON I『京都魔王殿の謎』
・P2   『京都魔王殿の謎』目次
・P3   『京都魔王殿の謎』プロローグ1
・P10 京都魔王殿の謎』プロローグ2
・P14 「魔界百物語3」SEASON I『幻影城の奇術師』発売告知


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Vol.02


第2巻『京都魔王殿の謎』は、タイトルとおり謎が謎を呼ぶ!

梶原秀夫(ノアズブックス 出版プロデューサー)




壮大な物語の幕開けに相応しい『妖精鬼殺人事件』が発売されて、反響はたいへん好評である。


ミステリーの醍醐味を味わえた、という声を多く聞いた。関係者の一人としては、嬉しい限りである。




第2巻の『京都魔王殿の謎』も、期待を裏切らない。いや、それ以上だろう。


吉村達也氏の「ミステリーの王道をいく」という志が、我々の想像を超えた結末を生み出したのだ。


編集者として驚くというより、一読者として震えるような読後感だった。これはすごい、と思った。


数カ月前に読んだ原稿を、校正で改めて読み直した。読者の驚く顔が目に浮かぶ。


作家は孤独な作業をしている。頼るは、自分の頭脳だけだ。
出版プロデューサーといえども、出来上がったものに意見は言えても、作家が物語を創りだす手助けはできない。


この結末を考えだした作家の頭脳に、敬意を表したい。




この後、第3巻、第4巻、第5巻と続き、ここでSEASONⅠが終わり、QAZの正体が明かされる。


QAZは、この2巻までに登場している。だが、その正体は、読者にも私にもわからない、と作者は強く言う。


この挑戦状に、どう答えるか――。楽しみはつきない。




エンタテインメントのミステリーを届けたいと思う。読み出したら止められないような作品を。


これこそ、まさに吉村達也の真骨頂だ。期待していただきたい。


まずは、謎が謎を呼ぶ『京都魔王殿の謎』をお楽しみください。

京都魔界ツアー①

はじめに

「魔界百物語」第2弾の『京都魔王殿の謎』では、美しすぎる超能力者・鹿堂妃楚香の主催による京都魔界ツアーが展開します。

このカテゴリーでは、みなさんにもそのツアーに参加していただいた気分になって、京都の魔界をご案内します

写真は少しずつ、何日おきかに足していきますので、ときどきチェックしてみてください。きっと、第2巻をお読みになるときの臨場感が増すはずです。


① 京都タワー


京都駅に降り立った観光客は、必ずこの京都タワーをカメラに収めるのは間違いない。しかし、方角のことまでは意識しないだろう。

京都駅を背にして、京都タワーを見たとき、あなたは北の方角を向いている。それだけではない。京都駅から北へ延びている烏丸通(からすまどおり)はほぼ正確に真北を指している。

ということは、それと直角に交わる横の通りもまた、ほぼ正確に東西を指していることになる。

京都中心部の道路が碁盤の目になっていることは地図で見れば明らかだが、それがきっちり東西南北に沿って走っているというところが重要だ。

つまり京都とは、街じたいが磁石になっているといってよい。だから、古来より風水の思想によって都は支配されてきた。

魔界百物語1 SEASON Ⅰ「妖精鬼殺人事件」発売告知

魔界百物語1  SEASON I
『妖精鬼殺人事件絶賛発売中!
 

いま、吉村達也の新たなるチャレンジがはじまります。
 
壮大なシリーズの幕開けにふさわしい、
書き下ろし本格ミステリー。

定価:本体1,500円+税 / 四六判ソフトカバー・単行本・400ページ

少年の死をめぐって、氷室想介はQAZのたくらみを見破れるのか……。
息もつかせぬ、思いもよらぬ展開の推理劇をお楽しみください!
 
あらすじ
2011年5月――
精神分析医・氷室想介のもとに赤いリボンの女が相談にやってきた。そしてまくし立てたのは9・11同時多発テロ陰謀論。2カ月後、電力不足の灼熱地獄にあえぐ夏の東京で、彼女の幼い息子が14階の自宅から転落した。
そのとき少年は室内にひとりきり。警察は事故死と判断したが、調査に訪れた氷室の目の前で第二の事件発生! 
少年の死は心のバランスを崩した母の犯罪かと思われたが、氷室は意表を衝く実行犯を突きとめる。そして、背後にひそむ殺人狂QAZとの対決が、いよいよはじまった!
ミステリーの王道をいく「意外なヒント」「意外なトリック」「意外な犯人」。
全百巻の開幕にふさわしい謎めいた人物QAZの登場。
装いを100%一新した「魔界百物語」から目が離せない!

著者 吉村達也
制作/編集 株式会社 ノアズブックス
発売 株式会社 飯塚書店
 
カタログNo.1で「プロローグ1」と「プロローグ2」が読めます!

携帯でも読めます!:公式携帯サイト

「魔界百物語」いよいよスタート!

吉村達也による「魔界百物語」全100巻 宣言!
SEASON Ⅰ 全5巻の発売が決定!


新しい構想でスタートする「魔界百物語」は
全作書き下ろしのミステリー超大作

「魔界百物語」SEASON Ⅰ
1『妖精鬼殺人事件』2011年9月21日 発売
定価:本体1,500円+税 / 四六判ソフトカバー・単行本・400ページ
京都魔王伝の謎2011年11月21日 発売
幻影城の奇術師2012年1月21日 発売
殺人者の舞踏会2012年3月21日 発売
QAZ2012年5月21日 発売

著者 吉村達也
制作/編集 株式会社 ノアズブックス
発売 株式会社 飯塚書店

Catalog No.1

「魔界百物語」作品紹介カタログ  No.1



【目次】

・P1   「魔界百物語1」SEASON I『妖精鬼殺人事件』
・P2   『妖精鬼殺人事件』目次
・P3   『妖精鬼殺人事件』プロローグ1
・P12 『妖精鬼殺人事件』プロローグ2
・P18 「魔界百物語2」SEASON I『京都魔界伝説の女』発売告知


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Catalog No.0


「魔界百物語」作品紹介カタログ  創刊!


【目次】
・P1     はじめに
・P2 「魔界百物語」SEASON I について
・P3 「魔界百物語」リセット  大きく生まれ変わったストーリー
・P7 「魔界百物語」SEASON I 『妖精鬼殺人事件』発売告知


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